僕は、学生時代はコミュ障、部活では万年補欠、会社では上司のイジメの対象だった。だけど、ネットビジネスでは月収100万を突破できた

いっせー
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いっせー
工場勤務時代に副業からビジネスを始める。現在23才。 40年以上過酷な肉体労働が続く人生に嫌気がさし、ネットサーフィンをしていた所、ネットビジネスの存在を知る。 結果、実践して半年で経済的自立を達成し、起業して1年で最大月収210万を稼ぐまでに至る。 僕の経歴やダメダメな状態から起業して月収100万に到達するまでの道のりなど、下のリンクにまとめているので、興味のある方は是非読んでみてください。
詳しいプロフィールはこちら

どうも、いっせーです。

 

 

僕は現在、岡山でネットビジネスを専業で実践していて、

毎月100万以上の利益を安定して稼ぐ事ができています。

 

 

中でも主に、

古着を卸やリサイクルショップから仕入れて、

メルカリで販売して利益を得る「古着転売」というビジネスや、

 

コンテンツを作って、

ブログやメルマガを通じて世の中に出していき、

価値を届けていく「コンテンツビジネス」などが得意です。

 

 

元々は会社員をやっていたのですが、

副業から古着転売をやったところ、

会社員の給料以上の利益を稼げるようになり、脱サラ。

 

 

その後はブログやメルマガを使って

古着転売を通じて培ったスキルや経験、知識を

コンテンツ化することでどんどん資産を作ってきました。

 

 

そうやって、ビジネスを実践したところ、

今では毎月100万以上の収入が入るようになり、

自由なライフスタイルを手に入れることができています。

 

 

今、僕の生活は本当に自由で、

 

・毎日10時に起床して、カフェでのんびり作業をする

・朝起きたら5万円以上のお金が入金されている

・メルマガ読者さんから毎日感謝の返信が届く

・起業家の友人とノリで集まってお酒を飲む

・年収億越えの経営者と関わる

 

・・・など、上記のことが

当たり前のように行われる生活です。

 

 

 

で、こんな生活を情報発信を通じて見せていたり、

今ある実績を話したりすると、

 

「いっせーさんは才能がある」

「元からセンスが凄かったんですよね?」

 

みたいなことを最近よく言われるようになりました。

 

 

でもですね、今となっては

お金を自分の力で生み出せるようになったり、

理想のライフスタイルを手に入れることができましたが、

 

ビジネスに出会う前までの僕は

そう言った生活からは程遠い状態でした。

 

 

それこそ、

 

学生時代はコミュ障すぎたため、

ずっとインキャを極めていたし、

 

部活もサッカー部でしたが、

下手くそすぎて、

高校のでの3年間はベンチにすら入れずずっと補欠でした。

 

 

勉強もできていたわけではないし、

なんなら僕の最終学歴は偏差値40以下の高卒です。

 

会社員も3年間経験しましたが、

コミュ障で舐められがちな性格だったためか、

上司に舐められ、軽いいじめを受けていたりもしたんですね。

 

 

こんな感じで、文字通り、

才能やセンスとかって言葉からは

かけ離れた人間だったのです。

 

 

 

でも、そうした状況だった僕でも、

ネットビジネスに出会えたことで、

人生を文字通り大きく変えることができたし、

 

その経験から、ネットビジネスは、

別に大した才能やセンス、学歴や、特別な経験など、

そう言ったものがなくても、誰だって成功できる。

 

そう、自信を持って断言することができます。

 

 

だから、今回はそう言ったことを伝えるためにも、

僕の過去をさらけ出して、

 

「こんな雑魚でもビジネスで成功できたんだぜ」

 

ってことを伝えていこうと思います。

 

 

少し、長くなるとは思いますが、

 

コミュニケーションが苦手だとか、

会社で仕事ができないとか、

部活で万年補欠だったとか、

 

そう言ったコンプレックスを

今、自分に感じている人は、

ぜひとも読んでいただきたいと思います。

 

 

読み終わる頃には、

かなり勇気が湧いて、自信がついているはずだし、

行動したくてたまらない状態になるのではないかな?と。

 

 

では、話していこうと思います。

 

 

コミュ障こじらせてインキャを極めていた学生時代

 

 

まず、僕は学生時代にいい思い出を持っていません。

 

というのも、コミュニケーションが苦手すぎて、

クラスの連中と全く馴染む事ができず、

 

よくある青春ドラマのような、

キラキラした学生生活を送る事ができなかったからです。

 

 

まず、コミュニケーションが苦手だと、

自分からクラスメイトに話をかける事ができません。

 

 

なぜなら、目を見るだけでも緊張するし、

初対面の人間を目の前にしたら、

何を話せばいいか分からなくなって、

パニック状態になるからです。

 

 

それこそ、学年が変わったりして

初対面のクラスメイトだらけになった時なんかは最悪でした。

 

 

自分から話しかけるのが怖いから、

ずっと机に突っ伏して眠っていたし、

 

起きていても、

好きでもない小説を読むふりをして、

 

「今、俺は話す暇ないよ」

という謎のアピールをしまくっていました。

 

 

だから、単純に休み時間になった時とか最悪でしたね。

 

 

クラスの連中のほとんどは、

すぐに仲の良い友達ができて、

仲良さそうに話したりするのに対して、

 

僕は一向に仲の良い友達が増えなかったので、

休み時間になったらずっと孤立していました。

 

 

だから、ずっとクラスの中心にいる、

いわゆる「陽キャラ」と呼ばれる奴らが

羨ましくてたまらなかったです。

 

 

声もハキハキしているし、

ギャグのセンスも高いし、

話が面白いし、

とにかく表情が明るいし、

周りにいるみんなも常に笑顔だし、

とにかく面白いし、、、

 

僕が持っている要素と、

真逆の要素を持っている人間を

いつも羨ましく思っていました。

 

 

「あー俺もあそこに入りたいなー、、」

とか思いながら、

 

いつも好きでもない小説を読んで、

教室の隅っこで孤立していたのです。

 

 

だけど、素直になれず、

人と話すのが怖くてたまらない、

話して嫌われて、その後もずっと無視されたりしたら、、

 

なんて被害妄想を膨らませて、

いつも行動できずじまいで終わってしまっていたのです。

 

 

だから、いつも休み時間が来ることに対しても怯えていました。

 

 

 

他にも、二人組を作る系の授業とか最悪です。

 

 

先生が、「じゃあ、二人組作ってねー!」

と言って、周りのクラスメイトは

すぐに仲の良い奴とくっつくのですが、

 

僕はいつも余り物になるので、

同じように余ってしまったインキャっぽい

クラスメイトとくっついてしまってました。

 

 

で、学校って特に、

馴染んでいる人間のスクールカーストが、

自分のスクールカーストにめちゃくちゃ影響してくるので、

 

 

上記のように、インキャっぽいクラスメイトと

二人組を作ってしまったりすると、

 

「うわあ、俺のイメージ下がるやん、、」

とか、

 

二人組になったインキャっぽい

クラスメイトに対して

 

「俺はお前とは違うぞ!」

とかって、訳のわからないプライドを

毎回のようにこじらせていました。

 

 

今思えば、とっくにイメージよくないし、

十分お前、インキャだよw

って事がわかるのですが、

 

当時は認めたくはないがために、

プライドをこじらせていましたね。

 

 

 

で、僕は、同性に対してもそんな感じだったので、

異性の女子ともなると、もっと最悪でした。

 

 

中学生の時なんか、

隣の席に座っている女の子が

めちゃくちゃ可愛い人だったので、余計に緊張したのを覚えています。

 

 

向こうは積極的に話しかけてくれるのですが、

僕は緊張しすぎて、ましてや可愛いから、

赤面しておどおどして、全くうまく話す事ができませんでした。

 

 

だから、その姿を見た周りの女子のクラスメイトが、

 

「いっせー君って〇〇ちゃんの事好きらしいよ?」

「えーまじで?wまあ、〇〇ちゃん可愛いから仕方ないけどねー」

「でも、あのいっせー君は無理でしょw」

 

という噂がバンバン立ち始めるという、

最悪の状況も起きました。

 

 

僕は、ただ単に緊張して

上手く話せない時に赤面してしまうだけなのに、

 

それが、相手のことが好きだ

と勘違いして捉えられて、

 

目立つのが死ぬほど苦手な僕が、

一時期、周りの話題になってしまっていました。

 

 

だから、余計に女子と話すのが怖くなって、

女子に対しては余計に心を塞ぐようになりました。

 

 

その結果、異性と関わる事に対して

ずっと苦手意識を持つようになってしまったし、

 

それでも、中学、高校と年を重ねていくと、

周りのコミュニケーションが上手い、

同学年の男子はどんどん彼女とかを作っていくので、

 

「彼女どころか、話すことすらできないよ俺、、」

 

「もしかして彼女とかできないかもな、、」

 

「一生童貞かもな俺、、」

 

と、めちゃくちゃ不安がっていました。

 

 

 

でも、そんな僕にも

中3の時に奇跡的に彼女ができました。

 

 

初恋の人だったのですが、

なぜか向こうも自分に好意を持ってくれていて、

告白するとOKをもらう事ができたのです。

 

(よく周りから「顔はいいよね」

って言われてたので、

単純に僕の顔が好みだったから

ってだけだと思います。苦笑)

 

 

人生初の彼女だったので、

とにかく僕は舞い上がりました。

 

 

当時はスマホがまだなかったので、

ガラケーでメールをするのがすごく楽しくて仕方なかった。

 

 

今思えばすげーピュアだったなあ笑

って思うのですが、

とにかく楽しかったです。

 

 

だけど、彼女ができようが、

メールで連絡が取り合えようが、

僕のコミュニケーションは上達するわけではないので、

 

付き合っている期間、

全く相手を楽しませる事ができず、

 

 

メールはするけど、

クラスで会った時に全く話をしない。

 

だから、当然だけど、

手を繋いだり、一緒に帰ったりすることもない。

 

 

対面のコミュニケーション能力の数値が

鬼のように低いままだったので、

 

1ヶ月もしないうちに、あっけなく

「別れてください」

というメールが来て、僕の初恋は終わりました。苦笑

 

 

そりゃあ、メールしかしてこない男なんか

付き合っていて楽しくないですよね。

 

 

女の子からしたら

もっと学校で話したり、

一緒に話しながら帰ったり、

そう言ったことをしたかったはずです。

 

 

でも、コミュニケーションの基礎力が

鬼のようになくって、

 

なおかつ周りの目を気にしまくる

自意識過剰野郎だったので、

そうした事ができなかった。

 

 

だから、つまらなかったんでしょう。

 

 

僕と別れて速攻、

あんまりかっこ良くはないけど、

 

でもめちゃくちゃコミュ力高い

バスケ部の奴と付き合っていました。

 

 

こんな感じで僕は、

 

人と話ができない。

異性と話すと赤面する。

付き合ってもつまらないと思われてフラれる。

コミュ障高い男に彼女をとられる。

とにかく、暗い。

関わりづらい。

 

 

というコミュニケーション能力の

鬼のような低さにずっと悩み続けていました。

 

 

それこそ、

一生恋人ができないんじゃないか?

とか、

 

誰かと付き合っても続かないんじゃないか?

とか、

 

この先、就職とかした時に、

ちゃんと仕事をやっていけないんじゃないか?

とか。

 

 

こんな悩みをずっと抱えていたんですね。

 

 

だけど、学生時代当時は、

「自分はコミュニケーション能力がない」

という事自体を認める事ができなかったので、

 

年を重ねるごとに、

問題を自分ではなく、周囲の奴らに向けていったのです。

 

 

それこそ、クラスで盛り上がっている陽キャを見て、

「あんな事でしか楽しめないとか可哀想な奴らだなw」

とか、

 

「下ネタとかまじでくだらねー」

ってことを思い込んで、

 

 

自分を正当化しようとしていたのです。

 

 

はい、コミュ障なやつがやりがちなことですね。

今考えるとまじでめちゃくちゃダサイです。

 

 

でも、当時はコミュ障もプライドも

両方拗らせてしまっていたので、

それを理解する事ができませんでした。

 

 

だから、高校生になっても、

ずっと周りからしたら

関わりづらい人間だっただろうし、

事実、友達も思うようにできませんでした。

 

 

 

一番屈辱だったのは、

高校の最後にクラスの連中がディズニーに

卒業旅行に行っている中、

自分だけ誘われなかった事。

 

 

ほとんどの人間は誘われて、

参加しているのに、

自分は呼ばれてすらいませんでした。

 

 

しかも、みんながディズニーに行っていることを

インスタで初めて知ったので、

その時は悔しさというか、悲しさというか、

色んな感情が一気に爆発しそうになっていましたね。。

 

 

おまけにスポーツもできなかった。万年補欠だったサッカー部時代

 

 

そんなコミュ障&プライドを拗らせて、

ダメダメな学生生活を歩んでいた僕も、

 

何か一つでもできること、

自信になる事があれば違ったと思います。

 

 

例えば、スポーツ。

どんなにコミュニケーションが下手でも、

 

例えば野球がめちゃくちゃ上手いとか、

バスケがめちゃくちゃ上手いとか、

 

そう言った強みが一つでもあれば、

学校での立場って簡単に上がっていきます。

 

 

だけど、僕はそれすらなかったし、

スポーツさえもできなかった。

 

 

 

僕は高校時代、サッカーをやっていたのですが、

この記事でも書いたように、

3年間の間、万年補欠でした。

 

 

ベンチではないです。

ベンチにすら入れない補欠です。

 

 

だから僕は、試合会場とかに行っても、

試合に出るメンバーが飲む水の準備とか、

ボール拾いとか、ビブスを畳んだりとか、

 

そう言った雑用作業を中心に

10時間近くこなしていくのが常識でした。

 

 

で、雑用でヘトヘトになった中、

最後の最後にCチーム VS Cチームみたいな、

鬼のようにレベルの低い試合を消化して帰っていたのです。

 

 

その試合が始まる頃には、

トップチームはすでに試合を終えているので、

 

僕ら下のメンバーがやる試合を

見下した視線で見ながら、

茶々入れながら見ていました。

 

 

トップチームの監督ともなると、

見る気すらなかったです。

 

 

だからいつも、

 

何のために試合をしているのか?

何のために練習しているのか?

何のためにボールを折っているのか?

 

という事が全くわからず、

いつも疑問を感じながら部活に行っていました。

 

 

正直、途中から「辞めたい」という気持ちしかなかったです。

 

だけど、僕の部活のために、

部費を出してくれたり、

弁当を作ってくれたり、

試合会場に送り迎えをしてくれたり、

安くはない部活の道具を買ってくれていた親の顔を思い浮かべると、

 

当然ですけど、「辞めたい」

なんてことは言えるわけもなく、

ただただ苦しい気持ちを感じながらサッカーをしていたのです。

 

 

 

だから、僕は公式戦とか何かの大会で、

自分のチームを心から応援する事ができませんでした。

 

 

だって、どうせ試合会場に行っても

試合に出れるわけじゃないのに、

太鼓叩いたり、旗ふって声を出したり。

 

トップチームの水を補給したり、

冬なんかは極寒の中凍えながら、

必死に応援をしないといけないのです。

 

 

そんな中で、試合でプレーしている

同年代とか後輩とかを応援するなんて、

惨めでたまらなくなるんですよね。

 

 

よく、甲子園とか見ると、

ベンチに入れなかったメンバーが

スタンドから必死に声を出して応援していますけど、

 

僕はああいう人を見ても、

全く共感する事ができなかったです。

 

 

「何で出れもしない試合にわざわざ行って

体力削って応援できるんだろ」

 

とかって思っていました。

 

 

試合に出ているチームメイトは

僕らに感謝の一つもしてくれない。

 

試合に出てないやつらが雑用をする事=当たり前

 

こんな気持ちでやっている奴らを

何で応援しなきゃいけないんだよ?

 

負ければいいんだ、お前らなんか。

 

とすら思っていました。

 

 

本当、腐っていたと思います。苦笑

 

 

だから、両親とかに

「試合見に来て!」

ってことも言えなかったです。

 

 

自分が出ることはまずないし、

外から旗ふって応援しているだけ。

 

そんな姿を親に見せるなんて、

到底できなかったのです。

 

 

 

とは言え、だからといって

自分が出たら勝てるのに!

と思えていたか?と言われると、

全くそんなことはなかったです。

 

 

というか、自分が戦力にならないことも

身に染みてわかっていました。

 

 

別に特別技術が高いわけではない。

それで持って、体力もない。

試合開始後30分もしたらへばる。

 

そんな僕の代わり、

僕より上手いやつなんて

部員の中にいくらでもいたのです。

 

 

だから、自信を持つことなんかもできませんでした。

 

 

僕は好調の時もありましたけど、

でもそれ以上に不調の時の方が多かったです。

 

 

あまりにも好不調の波がデカかったので、

一度、チームメイトに

 

「いっせーみたいな選手は監督が一番使いづらいんだよ」

 

と真顔で言われて

ショックを受けたのを覚えています。

 

 

それに、メンタルも豆腐のように柔かったので、

試合中にミスしてチームメイトに指摘された瞬間から、

そのミスをずっと引きずってしまっていました。

 

 

特に、部活の監督が、

「ミスった選手にはその場で指摘しろ」

と言っていたので、

 

余計にチームメイトは

強い口調で言葉を投げてくるのです。

 

 

僕は、試合中にそうやって

チームメイトから飛んでくる一つ一つの言葉が

ナイフのように胸にグサグサ刺さってきて、

どんどんメンタルがやられてきました。

 

 

パスミスをしたら、

 

「おい!!どこ出してんだよお前!!!」

「何してんだよお前!!!!」

 

と、指摘というよりも”怒号”と呼んだ方がいいでしょう。

 

 

怒号が一気に3人ぐらいから

バンバン飛んでくるし、

ドリブルで相手を抜けなかったら、

 

「お前もうドリブルしなくていいよ。

 守備だけやっとけ」

 

って言葉を監督から言われたりもしました。

 

 

試合に出ている後輩からも舐められていたでしょう。

「いっせーさんは使えない」と。

 

 

で、メンタルはズドーーーんと、

下がっていってしまうのです。

 

 

そんなメンタルだと当然いいプレーなんかできません。

 

 

僕は特にメンタルが弱かったので、

ずっとミスを引きずったまま、

その後もミスを連発して、

 

チームメイト、監督から

怒号をひたすら浴びせられて、

最悪のメンタルでいつもプレーしていました。

 

 

だから、試合の日はいつも、

相手よりも監督やチームメイトに怯えながら

プレーをしていたのを覚えています。笑

 

 

そんな調子でベンチにすら入れない日々が続き、

3年間の部活人生が過ぎ去って行きました。

 

 

ずっと補欠だったので、

補欠なことを怪我のせいにもしたかったのですが、

 

そんな自分に限って、体の調子はいいし、

怪我も全くと言っていいほどしなかったです。苦笑

 

 

だから、怪我を言い訳にすることもできませんでした。

 

 

正真正銘、実力を見られた上での補欠です。

 

 

 

で、最後の公式戦はお情けで

試合に出してもらったのを覚えています。

 

 

同学年の中で、公式戦に出た事がない人が

僕1人だけだったので、

監督が見かねて最後に出場させたのです。

 

 

僕は情けない気持ちでいっぱいでした。

 

 

練習を頑張りまくっても、

雑用を頑張りまくっても、

結局実力では試合に出られず、

 

最後の最後に、実力ではなく、

”お情けで”試合に出させてもらって、

そこでもひどいプレーを連発して、

 

最後もチームメイトから怒号を浴びせられながら

3年間の部活が終了する。

 

 

試合後、チームメイトは

3年間が終わったことに対して、

感動して涙を流していましたが、

 

 

僕1人だけ、情けなさ、悔しさで

涙を流していたのを覚えています。

 

 

僕はこんな、3年間のサッカー部人生を経験していました。

 

 

こうやって書いてると、

めちゃくちゃ惨めな3年間だったなあ、、

と、ちょっと寂しい気持ちにもなりますね。苦笑

 

 

とにかく、

学生時代はコミュ障で周りと馴染めず、

サッカー部でもそんな感じだったので、

僕の自信はますますなくなる一方でした。

 

 

自信ない、舐められがちな性格から会社員では上司のいじめの対象に

 

 

サッカー部を引退し、

通っていた工業高校を卒業後、

僕はすぐに地元の工場に就職しました。

 

 

だけど、その時点で、

コミュ障なのは治ってないし、

勉強もスポーツもできなかったので、

誇れるものも何もなかった。

 

 

なので当然ですけど、

自信も覇気も何もかもない状態です。

 

 

そんな状態で入社したので、

配属された部署の上司からも

舐められるようになりました。

 

 

僕が配属された部署では、

クレーンを操縦したり、

クレーンの中にある電気機器関係の

保全業務(修理とかする業務)をやっていました。

 

 

クレーンの操縦は、

100~450トンぐらいの重さのものを

運搬したりしていて、

 

保全に関しては、

訳のわからない電気図面の解読を求められました。

 

 

しかも、工場特有の三交替の業務形態だったので、

当然ですけど、夜勤もある中で、

8時間ずっとクレーンを動かしたり、

電気図面の勉強をしたりしていました。

 

 

しかも、電気図面の解読に至っては、

入社してから誰が教えてくれるわけでもありません。

 

 

上司のいうことは、

 

「就業時間の2時間前に出社して毎日勉強しろ」

「わからない事があったら近くにいる上司に聞け」

 

だけでした。

 

 

だから、毎日2時間~3時間のサービス残業は当たり前。

 

 

月に合計で50~80時間ぐらいは

毎月のようにお金の発生しない残業をしていました。

 

 

 

それに、電気図面の解読なんて

独学では到底理解できるものじゃなかったですし、

 

わからないから聞いても、

「忙しいから後にしろ!」

で終わります。

 

 

だから、どうしようもできなかった。

そのくせ、命の危険性が十分にある、

電気機器の保全業務に関しては、

新人にぶっつけ本番でやらせたりもするのです。

 

 

当然、理不尽だろって思いましたけど、

僕は舐められがちで自信のない人間だったので、

当然ですけど言い返すことなんてできなかったです。

 

 

で、それを上司もわかっていたのでしょう。

 

僕にどんどん仕事を振るようにもなりました。

 

 

例えば、年間通して、

工場内の安全レベルを上げるために作る

レポート資料の作成を強要されたのですが、

 

その資料作成に関しては、

年間でどれだけ残業して作成しようが、

残業代は1円も出ないのです。笑

 

 

で、そのレポート作成は、

作成後に表彰などがあるのですが、

仮に表彰されたとしても、

1万円の報酬が手に入るだけです。笑

 

 

もう、理不尽飛び越して笑いが出ます。

 

 

そんな仕事量の中、

僕は一時期、1ヶ月ほど毎日5時間残業をして、

働きまくっていました。

 

 

当然、これも残業代は出ません。

それでも、上司に逆らう事ができず、

1ヶ月目にくまを作りながらやり続けた結果、

 

顔や首、最後には全身から

蕁麻疹が止まらなくなってしまいました。

 

 

蕁麻疹で爛れた顔で毎日出勤していると、

流石のおっさん上司も僕の顔の異変に気づいたらしく、

 

「お前、その湿疹どうしたんだ?」

 

ときいてきたので、

 

「いやあ、わからないんですよね、、」

「もしかしたらストレスかもしれないです、、」

 

と、ストレス溜まってることに気付いてくれー

という切なる願いも込めて、

勇気を出してそう言ったところ、

 

 

「お前程度がストレスかよ」

と言わんばかりの顔をされて、

大爆笑されてしまいました。

 

 

僕は、本当に勇気を振り絞って、

さっきの言葉を発したのに、

 

心配どころか、爆笑されてしまって、

悔しい気持ちでたまらなくなりました。

 

 

「うぜえ、、マジでうぜえ、、、

こいつらガチで殴りたい、、、」

 

 

と思ったのですが、

当然気弱な僕がそんなことできるわけもなく。

 

 

「僕がストレスなんておかしいですよね!笑」

と言って、泣きたい気持ちを堪えて、

すぐさま仕事に戻りました。

 

 

だんだん、上司の理不尽な対応に対して、

何もやり返せない自分にも腹が立ってきました。

 

 

その結果、やり場のないストレスが

自分の中にどんどん溜まって行き、

僕は身体が耐え切れられず、

病気になって2週間の入院を余儀なくされました。

 

 

コミュ障、学歴ない、勉強できない、スポーツもできない、仕事もできない・・・そんな僕を救ってくれたネットビジネス

 

 

こんな感じで、

僕は学生時代も、部活動も、会社員も、

何もかもがつまらなかったです。

 

 

楽しい瞬間なんてほとんどなかった。

 

 

生まれてから21年間、

ずっと苦しい思いしかなかったです。

 

 

かと言って、何の能力もないし、

センスも才能もない。

コミュニケーションも取れない。

学歴もないし、勉強もできないし、運動もできない。

仕事では上司とうまく関係を結ぶ事ができない。

 

 

自分はこのまま、

一生真っ暗闇のトンネルの中を

進み続けていくんだろうか?

 

 

そんな不安の中で、

人生を苦しみながら生きていました。

 

 

だけど、僕は諦めの悪さだけは持っていて、

とにかく人生を変えたい!!

という思いで自己啓発書を読みあさったり、

ネットサーフィンをしていたのです。

 

 

そんな僕に希望を持たせてくれたのが、

インターネットビジネスでした。

 

 

最初は「古着転売」という、

リサイクルショップから古着を仕入れて

メルカリで販売することで利益が得られるビジネスに出会いました。

 

 

出会ったときにいいなーって思ったのが、

ネットを使ったビジネスは、

 

「1人で完結させる事ができる」

 

というところです。

 

 

古着転売もそうで、

リサイクルショップで仕入れをするのも

1人でできるし、

 

メルカリに古着を出品するのも、

スマホさえあれば家で1人でできる。

 

売れた商品を梱包して、発送するのも、

1人でできる。

 

 

これだったら、ちゃんと勉強すれば、

コミュ障の僕でも成功できるのでは?と思ったのです。

 

 

当然、最初から全てがうまくいったわけではないし、

この記事で書いたように、時には赤字を出したりしながら、

 

時には30万の高額コンサルを受けたりした事で、

どんどん成果を出す事ができるようになったのです。

 

 

そして、古着転売に出会って半年後に

月収30万を稼ぐ事ができ、

嫌で嫌で仕方がなかった会社を

脱サラする事ができました。

 

 

それが僕にとって、

人生における、初めての大きな成功体験でした。

 

 

「自分もやればできるじゃん」

 

と、生まれて初めて、

自分を褒めることもできました。

 

 

だから、大きな自信にもつながりました。

 

 

その自信を持ったまま、

古着転売で成功した後は、

 

そのスキルを生かして、

コンテンツをどんどん作っていき、

自分自身の影響力を高めていきました。

 

 

そしたら、

「古着転売を教えてほしい!」

という人が現れたので、

 

そう言った人に対して、

どんどんスキルを伝授していったのです。

 

 

そうしていったことで、

 

月15万のなけなしのバイト代で

暮らしていた苦学生が月収30万を稼いでバイトをやめたり、

 

手取り15万のブラック塾の講師が

月商50万稼げるようになったり、

 

大手企業で人間関係に悩む会社員が

月収50万稼いで会社を脱サラしたり、、、

 

僕がスキルを伝授することで、

同じように経済的自由を得る人が

どんどん出てくるようになりました。

 

 

その結果、たくさんの人から感謝されるようになり、

それもひとつの自信につながりました。

 

 

そして、その先でメルマガを開設して、

資産をどんどん貯め続けていった結果、

 

毎月30万~90万ほどのお金が

自動で発生するようになったり、

 

900人以上の読者が

自分のメルマガにつくようになりました。

 

 

そして、自信もさらに増していきました。

 

 

こんな感じで、僕はネットビジネスに出会って以来、

コツコツと1人で作業をし続けて、

ネットの力を使って価値を拡散していった結果、

過去の自分から大きく生まれ変わる事ができました。

 

 

学ぶ、実践、学ぶ、実践・・・

この繰り返しをするだけで、

ダメダメだった僕でも結果を出せるようになり、

 

自信がどんどん身につくようになり、

多くの人から感謝されるようになったのです。

 

 

で、これは1人ででもできる

ネットビジネスに出会えたほかありません。

 

 

会社員とか、学校で過ごしていたりすると、

当然、そこは人が集まるコミュニティなので、

 

コミュニケーション能力とか、

勉強ができるかどうかとか、

スポーツができるかどうかとか、

 

そう言った部分でカーストが左右されてきます。

 

 

 

だけど、ネットの場合は、

たった1人の個人で大多数の人たちに

価値を届ける事ができるので、

 

コミュ力がなかろうが、

勉強ができなかろうが、

スポーツができなかろうが、

学歴や資格がなかろうが、

 

ちゃんと知識を学んで実践すれば、

問題なく成果を出せるのです。

 

 

その際に、腹立つ上司も、

クラスメイトや先生の目も、

何もないので、自分がやるべきことに対して

淡々と取り組む事ができます。

 

 

元々コミュ障で鬼のようにメンタルが弱い僕は、

そうやって淡々と1人でこなせる作業の方が

明らかに性に合っていました。

 

 

だから、こんな世界もあるんだぜって事です。

 

 

僕自身、ネットがあったからこそ、

コミュ障で、舐められがちで、何の能力もなくって、

人生諦めかけていた僕でも、

大きく人生を変える事ができたのです。

 

 

ネットビジネスは成功例がたくさんある。それを真似するだけでいい

 

 

で、もうひとついいところが、

ネットビジネスはすでに成功例がたくさんある事です。

 

 

僕が実践している

古着転売も、コンテンツビジネスも、

どちらも成功例が存在します。

 

 

僕自身も、古着転売を学ぶ時は

成功者の方からコンサルをしてもらって、

 

その人のやり方を真似ることで、

30万以上のお金を稼ぐ事ができました。

 

 

コンテンツビジネスに関しても、

成功者から教材を買いあさって勉強することで、

月50万ほどが生み出される資産を作る事ができました。

 

 

だから、ネットビジネスの世界で成功したいなら、

「真似る」だけで十分なのです。

 

 

僕自身、真似るだけで、

月収100万を突破する事ができました。

 

 

 

で、これは大事なんで念を押して

言っておくのですが、

 

コミュ障な事、

スポーツができない事、

勉強ができない事、

学歴がない事、

資格がない事、

才能がない事、

 

・・・など、上記のことは、

お金を稼げるかどうかに関わってきません。

 

 

僕は、上記の要素を全て取り入れた

ダメダメ人間でしたけど、

 

ネットビジネスで月収100万を稼ぐことは

たった一年の実践で到達できました

 

 

それも、成功例を真似ただけで、です。

 

 

だから、今どれだけ

自分に深いコンプレックスを抱えていて、

 

「自分はなんてダメなやつなんだ、、」

と絶望している人も、人生を諦める必要はないです。

 

 

場所を変えればいいだけの話であって、

別に、学校とか、会社とか、部活とか、

そう言ったコミュニティって狭いものでしかありません。

 

 

そこで成功したかどうかで、

その人の評価が左右されること自体がおかしいのです。

 

 

大抵の評価はお金を稼ぐ事で簡単にひっくり返せる

 

 

で、大抵の評価は、

「お金を稼ぐことで」簡単にひっくり返せます

 

 

僕なんか、学生時代は

インキャでクラスメイトと

うまく関わる事ができなかったし、

 

会社員時代は、上司に舐められて

こき使われまくっていました。

 

 

当時、関わっていた人からしたら、

僕なんかクソと同じぐらいの価値だったでしょう。

 

というか、影が薄くて覚えてすらいないと思います。笑

 

 

だけど、そんな状態だったやつが、

「ビジネスで成功して100万稼いだ」

という実績さえ残せば、

周りは簡単に掌ひっくり返してきます。

 

 

もう、グルングルンすぎて、

手首取れるんじゃね?

ってぐらい、周りの評価って単純なものです。

 

 

 

特に、資本主義の現代社会で

お金を稼ぐ事以上に、

わかりやすく評価を得る方法はありません。

 

 

もちろん、お金を稼ぐだけじゃダメだし、

人間力も同時に高めていく必要はありますけど、

それでも、結局お金の力は強いです。

 

 

だから、コンプレックスを抱えているのであれば、

ぜひビジネスに実践してみてください。

 

 

まずは古着転売がいいと思います。

その上で、僕のブログ、メルマガ、YouTubeなど、

古着転売の情報を余す事なく発信しているので、

ぜひ利用してくださいね。

 

 

ビジネスの世界に入って出会った成功者は、ほとんどの人がコンプレックスを持っていた

 

 

で、ビジネスで成功した後は、

色んな成功者に会う事ができました。

 

 

それこそ、

 

・パソコン1台で年間1億の利益を自動化する25歳

・同じくパソコン1台で年間200万の利益を自動化する25歳

・ビジネスを始めて1年で月収100万を突破した22歳

・ネットビジネスと実業で年間3億を稼ぐ経営者

 

・・・など、他にもそうそうたる実績を持った人と、

関わる事ができました。

 

 

その人たちを見るとわかるのが、

成功者は皆、元々コンプレックスを抱えていた

という共通点がある事です。

 

 

もちろん、みんながみんなそうじゃないし、

中にはコンプレックスなんてはなからないけど、

 

センスだけで成功できたー

みたいな人もいるでしょう。

 

 

だけど、割合的には、

コンプレックスを脱するために、

ビジネスを実践してお金を稼いだ人が多いです。

 

 

それこそ、元々引きこもりだった人とか多いです。笑

 

 

僕と同じく、コミュ障すぎて、

クラスメイトとなじめなかったり、

いじめを受けていたことから、

家に引き籠るようになった人とかめっちゃいます。

 

 

他にも、勉強も運動もできない、

会社で仕事もできなから

パワハラを受けまくって

鬱になって会社を退職した人とか、

 

Fラン大学で留年するほど

勉強ができなかった人とか、

 

詐欺師に騙されて中身スカスカの

情報商材を買わされて

300万とか借金した人とか・・・

 

 

それでもって、今では

月収100万とか、300万とか、

年間1億とか稼いでいるからすごいもんです。

 

 

ここから思うに、

コンプレックスって辛いけど、

それと同時に、エネルギーにもなるよな

ってことです。

 

 

 

「見返したい」

 

って気持ちはめちゃくちゃ強くって、

僕自身もそれがあったからこそ、

必死にビジネスに打ち込めたんだと思います。

 

 

僕なんか、ビジネスで失敗したら、

マジで生きる価値ないと思い込んで、

必死に勉強していましたからね。笑

 

 

もちろん、ずっと負の感情で

取り組むのは良くないけど、

最初の原動力として利用するには

非常に強いエネルギーになります。

 

 

 

で、コンプレックスを抱えているのは

自分1人だけじゃないと思っておいてください。

 

 

僕だって、今回の記事で書いたように、

今はそこそこ結果を出せてるけど、

昔はダメダメな人間でしたからね。

 

 

正直、自分の暗い過去を明かすのは、

最初めちゃくちゃ抵抗ありましたけど、

 

でも、1人でも勇気が湧く人がいるのなら

という気持ちで思い切って明かしてみました。

 

 

だから、今回の記事を読んで、

モチベーションに変えてくれたら嬉しいです。

 

 

で、同じように苦しんでいる人が周りにいたら、

このブログを教えてあげてください。

 

 

きっと、喜ぶと思います。

 

 

 

ぜひ、今回の記事をきっかけに、

モチベーションが湧いて、

コンプレックスは原動力に変えて、

ビジネスを実践して人生変えられる人が増えたら嬉しいなって思います。

 

 

何か思うこととかありましたら、

感想とかくださると嬉しいです。

 

 

ではでは!

 

 

 

3万文字綴った大容量の古着転売の電子教材が無料で手に入ります

 

僕は22才で月収100万に到達することができました。

 

才能があったわけでも、

環境に恵まれていたわけでもありません。

 

元々は工場でこき使われるサラリーマンだったし、

パワハラ上司にイジメを受けたり、

サービス残業に消耗し続ける毎日を送っていました。

 

そんな僕でも「古着転売」というビジネスに出会って、

少しの間だけ気合いを入れて実践した所、

たったの半年で人生を大逆転させることができました。

 

古着転売を学ぶことで、

短期間で経済的自由が達成できるほどの

収入が手に入り、

 

余裕が生まれることによって、

その後は情報発信やコンテンツ販売などの

様々なビジネスにも挑戦して収益をあげることもできました。

 

その経験から、今どんなに恵まれない環境にいたとしても、

正しく勉強し、実践さえ継続出来れば、

短期間で経済的な自由を得る事ができると確信しているし、

 

同じように経済的に力を持つ個人が

一人でも多く増えたら、

自由に人生を設計出来る人が増えて、

世界はもっと良くなると確信しています。

 

 

そして、経済的に力を得るための

第1歩を踏み出す上で、

手助けができるような古着転売の教材を作成させて頂きました。

 

この教材は普段僕が、

Amazonにて有料で販売している電子書籍になりますが、

期間限定で今なら無料で読んで頂くことが可能です。

 

約32000文字執筆したので

かなりの容量となっておりますが、

 

読者の方からは「わかりやすい」

と言った声もいただいておりますし、

 

難しい言葉も一切使っていませんので、

簡単に理解していただけるかと思います。

 

20分程度でサクッと読むことが出来ますので、

こちらから受け取ってください

 

大容量の古着転売教材「経済的自由への道しるべ」を読んでみる

 

メールアドレスを入力すれば、

教材はすぐに受け取れます。

 

それでは、最後まで読んで頂きありがとうございました。

この記事を書いている人 - WRITER -
いっせー
工場勤務時代に副業からビジネスを始める。現在23才。 40年以上過酷な肉体労働が続く人生に嫌気がさし、ネットサーフィンをしていた所、ネットビジネスの存在を知る。 結果、実践して半年で経済的自立を達成し、起業して1年で最大月収210万を稼ぐまでに至る。 僕の経歴やダメダメな状態から起業して月収100万に到達するまでの道のりなど、下のリンクにまとめているので、興味のある方は是非読んでみてください。
詳しいプロフィールはこちら

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