努力しても万年補欠だった高校のサッカー部時代の話。間違った努力は悲惨だと言うことを思い知った。

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工場勤務時代に副業からビジネスを始める。現在23才。 40年以上過酷な肉体労働が続く人生に嫌気がさし、ネットサーフィンをしていた所、ネットビジネスの存在を知る。 結果、実践して半年で経済的自立を達成し、起業して1年で最大月収112万を稼ぐまでに至る。 僕の経歴やダメダメな状態から起業して月収100万に到達するまでの道のりなど、下のリンクにまとめているので、興味のある方は是非読んでみてください。
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こんにちは、いっせーです。

 

 

 

今回は、高校時代にサッカー部だった僕が、

努力しても努力しても試合に出ることができず、

ベンチにすら入ることができず、

万年補欠だった頃のお話をしたいと思います。

 

 

間違った努力と言うものが如何に悲惨なものかを

よく理解して頂ける内容かと思います。

 

 

それではその悲惨な3年間を

物語形式でお伝えしていきましょう。

始まり始まり〜

 

 

中学からサッカーを始め、すぐに試合に出ることが出来た

 

 

と、その前に、中学生時代の話を少し。

僕は中学に入ってから高校を卒業するまでの6年間、

ずっとサッカー部に所属してました。

 

 

小学生の頃は、父親が送り迎えなどの関係から

僕がクラブチームに入ることを許してくれず、

ずっと公園で友達とボールを蹴っていたんですが、

中学に上がって「部活なら入っていいぞ」と父から承諾を得た僕は、

晴れてサッカー部員に。

 

 

「やっと本格的にサッカーができるぜー!!」

と僕は喜びました。

 

サッカーは幼い頃から大好きだったので

入部できたときは嬉しかったですねえ。

 

 

僕が所属していた中学時代のサッカー部の監督は指導法が特殊で、

とにかくドリブルをしまくって、個性を磨く指導をしていました。

僕はその監督のもとで毎日必死に練習。

 

 

ボールを蹴っている時間が最高に楽しかったので、

部活や学校以外の時間も暇さえあれば、毎日ボールと戯れていました。

 

友達と遊びに行く時さえもサッカーボールを持って行くほどだったので、

「いっせーって、サッカー以外にやることないの?」

と友達に聞かれるほどでしたね。w

 

 

そんな調子で毎日毎日練習していた僕は

2年生に上がる頃にはトップチームの試合に出ることが出来たんですね。

 

 

チームのレベルは県大会に出れるかどうかぐらいの

特別、レベルの高いチームではありませんでしたが、

学年が上の先輩に混ざって試合に出れることは自分の中では自信になっていました。

 

 

「中学から始めたのにもう試合でれるとか、俺って才能あんじゃね?」

と、少し勘違いもしていたと思います。

 

ちょっとうまくいけばすぐ調子にのる癖は

この頃から抜けてませんでしたね。苦笑

 

 

まあそれは置いといて、

中学では2年生から引退するまで常に主力選手として試合に出続けることが出来ていてた僕は、

「強豪校に進学してレベルの高いチームでサッカーをしたい!」

という野心が芽生えました。

 

 

僕が行きたかった高校は県内の工業高校。

そこは、全国大会にも出場経験のある、実績十分な学校でした。

「ここでサッカーがしたい!絶対入るぞおお」

そう意気込んでその高校に志願しました。

 

 

その高校は家から電車を使って1時間ほどかかる場所でしたが、

どうしてもその高校でサッカーがしたかった僕は、

迷わず入試を受けることに。

 

 

偏差値は全然低い高校だったので、

入試は余裕で合格し、晴れて強豪校でのサッカー人生の

スタートラインに立つことが出来たのです。

 

 

県内の強豪校に入った1年生の僕はレベルの違いに唖然した

 

 

「よし、練習しまくって俺の実力を示して、1年から試合に出まくってやる。」

そう意気込んでいた僕は、中学を卒業後、春休みも返上で練習に参加。

 

監督にアピールする意味も込めてとにかく練習に励んでいました。

 

 

慣れない電車通学では、

練習の疲れから眠ってしまい、乗り過ごすこともしばしば。

それでもサッカーが楽しくて充実していました。

 

 

日が経ち、入学式も終わり、

1年生全体が集まっての練習も始まったのですが、

初日の練習から僕は、現実を思い知らされました。

 

 

やってやるぞと意気込んで入学したのは良いものの、

周囲を見渡すと、岡山県、さらには中国地方の選抜に選ばれていた力のある選手がずらり。

 

技術、スピード、体格、パワー、実戦経験。

どれをとっても自分より一回りもふた回りも上回っていました。

 

 

体もクソごっついわ、ごついくせに足もクソ早いわで

「本当に同年代か?年齢サバ読んでるだろ絶対」

と思いました。

 

 

中学時代に永遠と練習していたドリブルですら、

僕はその同年代の選手たちに勝てなかったのです。

 

「こいつら化け物かよ」

同い年の部員にそんな印象を抱いていました。

 

 

僕はそこで思い知りました。

中学時代に弱いチームでちょっと試合に出れていただけで

調子に乗って勘違いしまくっていた僕が如何に井の中の蛙だったか、ということを。

 

「上には上がいるんだ」ってことをこの時は感じました。

 

 

そんな僕はしょっぱなから尻込みをしてしまい、

試合形式の練習でボールが自分のところに来ても、早いプレッシャーに対応できず、

すぐにボールを失ったり、すぐにパスを出すなどの自信なさげのプレーをしたり。

自分の武器であるはずのドリブルも披露出来ることはありませんでした。

 

 

「やべえ、全然通じねえ、、、」

一緒に練習しててもそんな印象しか抱きませんでした。

 

 

ただ、不思議なことに悔しいって言う感情は感じなかったんですね。

 

なぜなら差が明確すぎたからです。

「やばい、まじで誰よりも必死にやらないと置いてかれる」

そんな焦りがどんどん生まれてきました。

 

 

「今のままではダメだ。」そう思った僕は、

もっと練習量を増やして、自分に力をつけることを決意。

 

 

僕が所属していたサッカー部では

原則として朝練はなかったのですが、

僕はもっとうまくなりたいと言う一心から、

毎朝5時に起き、6時前の電車に乗って、

自主的に朝練をやるようにしました。

 

 

「あーだりーねみー行きたくねえー」と思う気持ちを抑えて

毎朝眠い目をこすりながらも始発に近い電車に乗って1時間電車に揺られて

学校に着くなり、筋トレをしたり、走ったり、

シュート練習などを精力的にこなしました。

 

 

授業中は練習の疲れから眠気に耐えることが出来ず、

睡眠学習が日常で、帰りの電車は決まって寝落ち。

そのぐらい毎日体力を使っていました。

 

 

とにかくやれることはとことんこなしていきました。

「こんなに練習してるやつ他にはいないから絶対試合出れるようになるだろ」

圧倒的な練習量をこなした僕は、根拠もなく自信に満ち溢れていました。

 

 

3年生の中で唯一1度も試合に出ることが出来なかったという屈辱を味わった

 

 

3年生になっても毎朝早く起き、学校に着き、グランドに出てはとにかくトレーニング。

と言う生活をひたすらに続けました。

 

サッカーばかりに集中してたために

彼女ができても相手にしなかったがためにすぐに振られたし、

友達とカラオケやらボーリングやらの誘いも断りました。

青春も捨てる覚悟でやっていました。

 

 

試合に出る一心でとにかく頑張り続けました。

が、それでも中々トップチームのメンバーには選ばれません。

 

僕は、自分よりも練習していない奴がメンバーに選ばれて行く中で、

努力しまくってる僕だけが選ばれない状況が続くし、

ましてや、自分ではなく、年下が選ばれるようになってどんどん焦りが出て来ました。

 

 

「このままずっと出れないまま終わったりして、、」

そんな不安と常に戦っていました。

 

 

でもめげずに練習は続けました。

朝早くから学校に行って、筋トレしたり、走ったり、

努力は怠りませんでした。

 

 

「おい、いっせー、練習したところでどうせ出れないんだからやめとけよー!ww」

「練習量だけはピカイチだなwww」

 

みたいな言葉もトップチームの奴らから浴びせられた事もありました。

 

 

死ぬほど悔しかったし、うざくてたまらなかった。。

でも試合に出れていないのは事実だったから何も言い返せなかったのです。

「絶対試合でれるようになって見返したるからな」

結果で見返すことを誓って、腐らず練習を続けました。

 

 

それでもトップチームで試合に出ることができないまま

時間だけがただただ過ぎて行ったのです。

 

 

僕には理由がわかりませんでした。

 

「なんで選ばれないんだよ、、」

「こんなに頑張っているんだぞ!フザケンナよ!!!」

 

そんな葛藤も数え切れないぐらいありました。

 

 

監督にキレてやろうかと思ったこともあったぐらい。

何度も何度も腐りかけました。

それでも僕は腐らず練習を続けた。

 

サボったことなんかなかったし、

姿勢だけはピカイチだったと思います。

そう、姿勢だけは。

 

 

しかし、高校での3年間で日の目を浴びることはありませんでした。

万年ベンチ。BチームやCチームでくすぶり続けました。

 

しかも、同年代の中で3年間で1度もトップチームの公式戦に出ることができなかった選手は

僕一人だけでした。

 

 

いや、実際は1試合だけ公式戦に出ることができました。

3年生の時の最後の公式戦で「最後だから」と言う理由で、

お情けで途中出場させてもらったんです。

 

 

恥ずかしくてたまりませんでした。

後輩からの視線が痛かったし、

「情けをかけられるぐらいだったら最後までベンチでいいよ、、」

と言いたかったです。

 

 

でも、決めるのは監督ですからね。

僕が努力をしていたのは知っていただけに、

見るに見かねて、試合に出したんでしょうね。

 

 

3年間努力しまくって、時間という時間をサッカーに注ぎまくって、

努力し続けた先にあったのは「万年ベンチ」と言う不名誉な称号。

さらには最後にお情けで試合に出場させられると言う。苦笑

 

 

影ではみんなに

「努力しても報われないタイプ」

「唯一試合出れなかったやつ」

「お情けで試合に出してもらったやつ」

だとか言われてましたね。

 

 

僕はそれを耳にした時も何も言い返せませんでした。

言う通りだったからです。

 

 

最後にお情けで出場させてもらった試合でも

トップのレベルのスピード感についていく事ができず、

ひどいプレーを連発して、最後の試合を終えました。

 

 

もうプライドも何もかもズタズタです。

三年生みんなが最後の試合が終わった後、

ラストを飾り感動して泣いている中、

「この3年間、俺なりに頑張ったのに、、」

と、僕一人だけは悔し涙を流していました。

 

 

入部時は下手くそだったが、3年生になって試合に出ていた友達との明確な違い

 

 

入部時は自分よりも下手くそだったけど、

三年生になるとトップチームで試合に出ることができていた友達がいました。

そいつは僕よりも練習をしていたわけではありません。

 

 

ですが、メキメキと力をつけて、

3年生になると試合に出ることができたのです。

 

 

僕はその友達に聞きました。

「どんな練習してたの?」と。

 

するとその友達は、

 

「俺らの年代でウィークポイントが中盤の守備的な役割だったから、そこを埋めるためにとにかくスタミナと、ディフェンス力をつけるための練習をしてた」

「そしたら試合でれる確率上がるしね〜」

 

と言いました。

 

 

僕はここでハッとしました。

彼と自分の差が明確にわかったのです。

その差は、練習する上でそこに「戦略」があったかどうかと言うことです。

 

 

3年生になって試合に出ることができた彼は、

「チームの内情を分析して、どこを伸ばせば自分が試合に出ることができるかと言う明確な目標を設定し、戦略の組まれた練習」をしていたんです。

要は、質が高くて効率の良い練習です。

 

 

それに対し、僕の練習はと言うと、なんの狙いもなく、

ただただ量をこなす練習をしていたのです。

 

 

シュート練習をしたり、走ったり、筋トレしたり、ドリブル練習をしたり。

なんの狙いもない練習をただひたすらこなして行きました。

 

それでは、全体的に少しずつ伸びて行くだけで、

同じ部員との差別化ははかれない上に、

「チームに足りないひとつの部分」を研究し、徹底的に伸ばした友達には勝てなかったのです。

 

 

努力の量では間違いなく僕が勝っていました。

しかし、「質」の部分では負けていたのです。

 

 

気づいた時にはもう時すでに遅し。

青春も何もかも捨てて努力した結果は無情にも悲惨なものでした。

 

 

いくら嘆いてもこの3年間はもう戻ってきません。

僕の高校での3年間のサッカー人生は、挫折と深い後悔だけが残りました。

 

 

終わり。

 

 

ビジネスもスポーツも間違った努力は悲惨だ

 

 

いかがでしたでしょうか?

今回の記事で僕が伝えたかったことって言うのは

「間違った努力は悲惨だ」と言うことです。

 

 

僕は高校での3年間で間違いなく誰よりも練習をこなしていました。

引退する時に後輩からも

「いっせーさんは本当に努力家で、その姿勢は見習わないといけないと思いました」

と言う言葉ももらったほどです。

 

 

彼女と楽しくデートとか、

友達とはしゃぎながらカラオケで歌ったり、

ボーリングしたり、青春を楽しんでいるクラスメイトの姿を見て

羨ましい気持ちでいっぱいでしたよ。

 

 

でもその気持ちをグッとこらえて、

とにかく毎日練習に励んでいました。

練習しすぎて家でぶっ倒れて口の中を切ったこともありました。

 

 

そのぐらい、時間も青春も何もかも捨ててサッカーに取り組んだ。

でも僕がやっていた努力と言うのは、

「間違った努力」でした。

 

 

そこで、

「こんなに頑張ったんだぞ!!!」

「俺なりにやってるんだ!!」

と嘆いたところで何も変わりません。

同情しか残らないです。

 

 

いくら練習を頑張ったところで、

練習で培った技術やスタミナが

試合で使えなければ意味がないのです。

 

 

これはスポーツに限ったことではなく、

ビジネスの世界でも言えること。

 

 

例えば、僕は独学時代に古着転売をやっていた時にも

懲りずに同じような経験をしました。

努力しても努力しても稼げなかったのです。

 

 

ちなみに当時の経験はこちらの記事で書きました↓

古着転売で赤字を出しまくってた僕が、26万利益を稼げるようになるまでの物語

 

 

この時、なぜ結果が出なかったかと言うと、

同じように「間違った努力」をしていたからです。

 

 

間違った努力と言うのは悲惨で、

間違った方向に一生懸命に進んでしまうと、

間違った方向に強いパワーがかかるので、

気づいた時には取り返しのつかないことになってしまいます。

 

 

逆に、正しい方向さえわかっていれば、

走って進もうが、ゆっくり歩いて進もうが、

成功にたどり着くのは時間の問題なのです。

 

 

そして、間違った努力をしないためには

情報を得て、戦略を組んで、ゴールまでの道筋を明確にすることが

大事すぎるほど大事です。

 

 

試合に出ていた僕の友達は、

チームの状況をよく分析することによって情報を得て、

どのような努力をすれば試合に出て、なおかつチームに貢献できるのか戦略を組んで、

その上で努力をしました。

 

 

情報を得ることも、戦略を組むこともできていたので、

あとはやるだけ状態だったのです。

 

 

そして、僕が古着転売で結果を出した時も、

お金を払って成功者からコンサルを受けることによって情報を得て、

どうしたら自分の目標利益が到達できるのか、戦略を立てる。

 

こうして、「あとはやるだけの状態」を作ってから努力することで、

コンサルを受けてたったの1ヶ月で利益が前月よりも

15万以上伸びたのです。

 

 

情報、戦略、そしてゴールからの逆算思考。

これらはあらゆる面で結果を出す上でマストです。

逆にこれができなければ、

高校時代の僕のように多大なる時間を棒に振ってしまうでしょう。

 

 

無駄な努力をしないためにも心がけるべき事

 

 

高校でのサッカー部時代と、

古着転売を独学でやっていた頃に大きな失敗を犯してしまった経験から

僕は、まずは情報を集めた上で努力をすることを心がけるようになりました。

 

 

そこからは、面白いように何もかも結果が出るようになったんですね。

 

 

古着転売でコンサルを受けた時はもちろん、

情報発信に関しても、合計70万以上の金額を教材に投入することでプロから学び、

やるべき事が明確になり、あとは努力すればするほど、結果が出るという感じになりました。

 

 

そうなったらもう楽しくて仕方ないですよね。

だって努力がきちんと報われるし、

頑張れば頑張るほど結果が出るとかそりゃあやるでしょって感じです。

 

 

もう僕は完全に味をしめちゃいましたね。

 

「情報にお金使うのとかもったいなくね?」

「本とか読んでも意味なくね?」

 

とか思ってた過去の自分マジで殴りてえー。苦笑

 

 

結果が出てるならともかく、

出てもないのにそんなことほざくとかマジでイタかったですわ。w

 

 

とにかく自己流はあかんですね。

自己流は事故流とでも言っておきましょうか。

まあ今となれば高い勉強代と捉えて進むしかないです。

 

 

スポーツもビジネスもなんでもそうですが、

やるべき事がわからない状態で取り組むと

結果は出るはずがないし、

お金も時間も精神も何もかも消耗するからしんどいです。笑

 

 

その道に先人がいるのならば

プロからぱっぱと学んだ方が早いし楽なんですよね。

ゲームも攻略本を買ってやる方が進むし、

サッカーも上手い人から習ったほうが上手くなる。

悩む必要なくなるし、楽だよね〜って話です。

 

 

最後に

 

 

今回は「努力」と言うワードをテーマに

僕の高校のサッカー部時代の例を出してお話ししました。

間違った努力をしてしまうと本当に何もかもを失ってしまいます。

 

 

時間はもちろん、頑張ってもいつまでたっても結果が出ないと言うのは

メンタル的にも相当やられます。

ビジネスの場合だとお金も損してしまうでしょう。

 

 

そんな時に

 

・こんなに頑張ったのに

・俺なりに努力してるのに

 

と言ったって何にも変わらなくって、

ただ惨めなだけなんです。

その、俺なりの努力が間違っていることに他ならないんです。

 

 

ですが僕は、高校のサッカー部の時も、独学で古着転売をやっていた時も

 

「こんなに頑張っているんだからどうにかなるだろ」

「これだけやればいつかは成功できるだろ」

 

と自分を正当化させるためにも無理やりにこんなことを思っていましたが、

 

「そんなもん関係ねえんだよ、間違った努力をいくらしたところで成功しねえんだよ」

 

と言う言葉を当時の自分にかけてやりたいです。

 

 

こんな思いは2度としたくない。

 

だからこそ僕は今、ビジネスをやる上では失敗したくないから

情報に投資しているし、勉強もするし、自分の考えを捨てて、

上手くいっている人の事例をひたすらに真似して、

自分のビジネスなりに生かすようにしています。

 

 

そのほうが確実だし、楽ですからね。

 

 

この記事を読んでいる皆さんには

過去の僕と同じような悲惨な思いをしないように

絶対に報われる、正しい努力をしてください。

 

 

僕のように間違った努力を永遠続けると

本当に何もかも失っちゃういますからね。。

今回はそんな、怖い怖いお話しでした。

 

 

それでは!

 

 

 
 

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それでは、最後まで読んで頂きありがとうございました。

 

 

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